三隣亡は暦注の一つで、建築に関わる凶日とされる日です。
この日に家を建てると火事が起こり、近隣三軒まで焼けると言われてきました。
日付は旧暦の月ごとに決まっていて、1月・4月・7月・10月は亥の日、2月・5月・8月・11月は寅の日、3月・6月・9月・12月は午の日にあたります。
年に30日ほど巡ってくる計算です。避けられるのは地鎮祭、上棟式、柱立てといった家づくりの節目で、約束事も控える地域があります。
由来には不明な点が多く、古代の暦注には見当たりません。
室町末期の暦に現れることから、そのころ作られたとする説があります。
江戸時代の古い雑書では「三輪宝」と書かれ、屋立てよし、蔵立てよしの吉日でした。
それがいつのころか逆の意味に解され、「三隣亡」の字があてられます。
忌む風習が広まったのは明治以降とみられ、九星説が普及する中で日の吉凶を説いて回った暦の専門職が、知識を広めたとされています。
山形県には、日ではなく一年を通しての三隣亡が定着しています。
寅・午・亥の年の立春(2月4日)から翌年の節分(2月3日)までが該当し、この間に家を建てると向こう三軒両隣が焼ける、大工がけがをする、といった言い伝えがあります。
庄内地方でよく知られており、明治期に修験者か大工が言い出したという説が有力です。
暦注としては一般的なものではなく、県外には広がっていません。
該当する寅・午・亥の年は十二年に三回あり、間隔は三年、四年、五年の順です。
近年では2002年、2007年、2010年がこれにあたり、同じ規則で数えると2014年、2019年、2022年、2026年、2031年と続きます。
社会科学論集第137号(2012年)の植林茂氏の論文は、この影響を住宅着工の統計で調べています。
年間三隣亡の年には、持家の新設住宅着工が平均で15〜20%減り、2000年代以降は約20%の減少です。
1964年度以降の12回の該当年度では、山形県の持家着工は12回すべてで前年を下回りました。
全国で前年を下回ったのは8回です。2010年度は、2009年度の2,916戸から2,055戸に減り、2011年度は2,490戸まで戻りました。
宮城、秋田、福島、新潟の隣接4県では、同様の傾向は見られなかったとされています。
また、前年の駆け込み需要は、統計上は有意な差になりませんでした。
建設会社への聞き取りでは、事前に年間三隣亡の説明をする会社が多く、気にする家族がいる世帯には時期をずらす提案もしているとのことです。
一方で、寒河江八幡宮のサイトや山形新聞は、根拠のない俗説だと説明しています。三隣亡に科学的な根拠はないというのが、民俗事典や暦注の解説書に共通する見方です。

